【食育】食育って小さい子に限ったことではないですよね。

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こんにちは、べじです。

”食育”という言葉があります。

この言葉は、何も子供だけではないです。

今の私たちも十分適応する必要がある事柄と思っています。

以下のリンクは食育に関してざっくりまとめた記事です。

農林水産省では、「食育基本法」として様々なことを取り決めています。

主な内容の主人公としているのが今いる小さい子たちです。

小さい子たちが、これからの日本や未来を担っていくからというものです。

でもこれから、お父さんやお母さんになる方も「食育」を少しずつ意識しておくことが

必要だと思っています。

本記事では、「飢餓(きが)」という観点から、実際に私が娘に対して行った言動を

お伝えしつつ、私たちの”食文化”のマインド変化が起こればと思います。

自己紹介

☑オーガニックコンサルタントです。

☑週末農業を始めて4年目です。

☑無農薬、無化学肥料で野菜を栽培しています。

☑今は栽培した野菜を近所の直売所で販売をしています。

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小さい頃の小言

私の小さいころは、親からご飯を「食べられない人」がいるんだから、残さないで食べないとだめだよって。よく言われていました。

小さいときの親の小言がやっぱりしみついていたのでしょうね。

娘に対して行ったこと

私の娘にも、同じようなことを言っていました。

「食べられない人」がいるんだから、残さないで食べないとだめだよって。

離乳食が終わって、物事も少しわかってきた小さい娘に何回も同じようなこと言っていました。

ご飯茶碗についた、残りわずかの米粒。

この米粒を食べてもらうために、食べられない人のことを話題にあげたのです。


当時は、3秒程度で飢餓などによって人がなくっているという情報があたまに残っています。
(今は、5秒に一人が亡くなっているようです)

時計の秒針を数えて「この3秒で人が亡くなっちゃったよ」って。
今、ご飯を食べられているんだから「最後までちゃんと食べようね」って。

そしたら、娘は「じゃあ、ご飯集まれ~して」って、言ってきたんです。

どうやら、お茶碗についたご飯をひとつぶ、ひとつぶ箸でつまんで食べることがめんどくさかったのでしょうね。笑

それから、ご飯の最後になると「集まれして」が合言葉みたいなっていました。

これを教育というのか、しつけというのか、やり方というのか、表現はよくわかりませんが。

高2になった娘は、未だに小さい頃の

「この3秒で人が亡くなっちゃったよ」だから「最後までちゃんと食べようね」

っていう言葉がトラウマみたいになってしまっているようです。
(申し訳ない気持ちがあります)

でも、こんな話もしてきました。

高校でお昼ご飯を食べていると、娘に対して友達が

すごくキレイにご飯たべるよねって

娘は”え?普通じゃない?”と言って

だって、「食べられない人」がいるんだよ

って返すそうです。

トラウマになっていながらも堂々と友達に言えることはたいしたもんだと思いました。


以上が私と娘が幼少期のころに取った言動から今にいたるまでです。

ここまで読んでいたただいて、どう感じました?

小学校のときに、お昼ご飯でどうしても食べられない子がいて、全部食べ終わるまで、ごちそうさまができなかった子。


昼休みが終わり、掃除の時間になっても、箸を動かすこと、口を動かすことすらできず。
だまって、下を向いていたり、泣いている子を思い出します。

食べ物を大事に食べるということ

食べ物を食べられることが”幸せなこと”だと考えています。

いつも当たり前のように食べられているものが、食べられなくなると以下のことが起こります。


穀物(米、小麦など)が十分に収穫できなくなること。


野菜(葉菜類、果菜類、根菜類)などが十分に収穫できなくなること。

これら、2つの作物は人が生きていくうえでとても重要なものですよね。


穀物で言えば、いつも食べるご飯やパンです。


お酒なんかも穀物から作られます。

野菜で言えば、人の身体(体調)を整えるうえで一番重要なものです。


ビタミン摂取で肌健康を整えたり、体内での抗酸化作用を得たりと。

この2つが、十分に収穫できなくなると「飢餓」が起こり、今まで残していても問題がなかった「食」が十分に得ることができなくなります。

食べ物を大事に食べないということ

とても客観的なお話になると思いますが、やはり無駄に「食」が溢れかえってしまっているんだと思うんです。

例えばこんな感じに。

「一口、二口食べてみて、気に入らなければ違うものを食べればよい。」

「好きなものを好きなだけ食べればよい。」

娘とのやりとりのお話しでは、食べ物が食べられるか、食べられないかで
人が生きるのか、死ぬのかでした。

しかし、この「食べられる人」、「食べられない人」の根底には何があるのでしょうか。

人間という自己都合の塊がそうさせている

日本で言えば、食文化の多様化から自国で生産できる穀物や野菜、食肉をはるかに超えた量を必要と

するために、他国の土地を利用し栽培、または飼育して輸入しています。

当然、政治的な理由もあるでしょう。


ニーズがある国、そして金払いの良い国に輸出するというのは100歩譲って大人の事情としておきます。

食の多様化へのニーズにこたえるため、他国からたくさん輸入している結果は

食ロス 年間 約600万t。

そして600万tって実際の量は全然想像つきませんが、とりあえずこの食ロスがほぼほぼ日本から

なくるとしたら、「食べられない人」という人が、ひとりでもふたりでも減ることは容易に想像がつきます。

そのうちしっぺ返しがくるかもしれない

日本に限らず、地球という土地を借りて人が生きるために「食料」を生産していますが

やり方次第では、地球にも限界が来るのではないかと思います。


梅雨の時期に大雨で避難勧告や災害で大勢の人が亡くなることはなかった。


それと毎年のように40度近くの気温になる夏を体感したことがありません。

まとめ(少しずつで良いです)

今、あなたのそばにいる大事な小さいな子。

これから生まれてくる大事な小さな命。

まだ形にもなっていないけど、未来に対して希望に満ち振れていているあなた。

明日からでも、明後日からでも、何か食べ物を買おうとする瞬間や何か食べ物を口に運ぶ瞬間

その食べ物をあなたが得るために、必ず何かしらの代償があることを思い描いてみてください。

それは、動物などの命かもしれませんし、遠くの国の人の水を奪っていることかもしれません。

だからこそ、大事に食べることが必要なのです。

特に、海外に頼らずに日本という国だけで生産して、消費できる量だけを買って、食べることがとても重要です。

「食」についても色々と疑問を持つようにしてみてください。

そうしたら、自然とあなた自身が内側(体内)からゆっくり変化していきます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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